東京高等裁判所 昭和35年(ネ)2222号・昭35年(ネ)1580号 判決
被控訴人は本件売買契約当時は謄写版印刷の内職などをして僅かに生計を立てゝいるような状態であつて一万円以上の金策をすることには自信がなかつたので、控訴人から本件建物の買取方を勧められても初めのうちは一万円ならば買つてもよいと返事をしていただけで余り乗気ではなかつた。しかし、何回かの折衝の末控訴人から一万円は安過ぎるから二万五千円ということにし、その代わり一万五千円は被控訴人に金ができたときに支払い、所有権移転登記はその支払と同時にするということで契約をするように勧められたので、被控訴人も遂にこれを承諾して契約をしたことが認められる。右吉井の証言及び被控訴人本人尋問の結果中には、所有権移転登記は右一万五千円のうち五千円の支払と同時にする旨の特約があつた旨の各供述があるが、その供述はたやすく信用し難く、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。ところで、右認定の「一万五千円は金策ができたときに支払う」という言葉の意味であるが、この種の言葉が多分に契約を成立させんがための外交的辞令に過ぎないものであつて、その真意が一万五千円の支払について確定期限を定めないということにほかならないことは取引上の常識といつても過言ではあるまい。被控訴人が右一万五千円のうち五千円を昭和二十二年十二月九日に支払つたことは当事者間に争がないが、このこと自体、取引社会にこのような常識が普及していることを示すものというべきである。
これを要するに、本件売買代金のうち一万五千円の支払について確定期限の定めがあつたとする控訴人の主張及びこれに反して出世払の特約があつたとする被控訴人の主張はともに認めることができず、同一万五千円については本件建物の所有権移転登記と同時にその支払をするという以外には何らの定めもなかつたものといわなければならない。
(牛山 田中 土井)